ほかぶき!

人生顔で勝てないならほかの武器を持つしかないじゃない!、となんとか努力をするブログ

言葉は救いにもなるが人をも殺す

 

 

今朝投稿したこのツイートに関する私の考えを書いていきます。

 

私の願いはただひとつ、生まれつき持って生まれた容姿についてネタでも悲しい言葉を投げつける人がいなくなりますように。

 

「かわいくない」「ブス」「きもい」

そんな言葉が浮かんできたとしても言葉に発する前に受け取る側の気持ちを考えられる人が増えますように。

 

言葉の呪いにかかっている人が、少しでも呪いから解放されて、その人らしくキラキラできますように。

 

言葉は凶器にもなる

 

言葉はナイフとおなじです。

正しく使えば便利ですが、

間違えると誰かを傷つけてしまう。

その誰かは使った人自身も含まれているということ。

 

毎日言葉を使うからこそ、なにげない言葉

気の置けない仲の人に向ける言葉こそ大事に扱わないといけないと思います。

 

 

このツイートの背景には友人の姿がありました。

私にとって、とても美人で、けなげで、素敵な女の子。

 

その子がとてもつらそうにしていたので話を聞くと恋人に「かわいくない」というニュアンスのことを言われて

そのあとに好きだよ、と言われても

「本当はもっときれいな人と付き合いたいと思ってるんじゃないの?」と

疑いの心が生まれてしまって泣きまくってたんだと。

 

人によっちゃ、そんな男に言われた一言で気分落ち込むことある?

気にしなきゃいいじゃんって思う人もいるかもしれません。

 

 

よく自己肯定感という言葉を聞きます。

自己肯定、つまり自分で自分を肯定できる気持ち。

 

この世界に生きてて大丈夫。自分はちゃんと価値があると、無意識的でも意識的でも思いを持ってる状態。

 

その自分を自分で肯定してあげる気持ちって自分で生み出すの難しくないですか…?

 

私たちはたくさんの人と関わって生きています。

生まれてから今日も、今も、これからも。

 

自分の評価なんてものは自分だけでできるもんじゃなくって

必ず周りから考えられているイメージや評価も含まれていきます。

 

「いいこね」「かしこいね」「いてくれて助かったよ」

などの言葉から

「○○さんは活動的でうらやましいです」「おもしろいひとですね」

など、書き言葉から話し言葉など、たくさんの人が持ってる自分のイメージで自分の個性なるものを作り上げている部分が必ずあると思うんです。

 

ポジティブな面だけじゃなくてマイナスの面も。

私は3歳のころに言われた

「いとこの子とはぜんぜんちがうわね、かわいげがない」や

中学校のとき言われた

「サルが毛づくろいしてる」「うわあ、きもい」とか

バイト先で陰口を聞いてしまった

「あのこ暗いわね」「仕事もおそいしね」

 

そのすべてのことばを今でもありありとシチュエーション事思い出すことがあります。

 

もう何年もたってるのにね。

 

そのときに感じた居心地の悪さや、どこかに隠れたいとおもう黒くて重い気持ちや、家に帰って鏡をみてはどうしても変えられない容姿に絶望した記憶も合わせて思い出します。

 

そのトリガーとなるのはマイナスの評価をもった一言。

 

思うに。マイナスの言葉は、自分に小さな傷をつけていて

その小さな傷は古傷となって完全には消えないものなんだと思います。

 

 

最近死ぬこと以外かすり傷、って言葉も聞くけど

私はかすり傷で死ぬ女だわ。

 

 

私は傷を受けたことがある人は、言葉が凶器になることを知ってる人だと思ってる。

一度言葉でぼろぼろになった経験がある人は、人に向ける言葉がやさしい。

 

逆に、言葉(凶器)を受け手側のことを考えず投げつけるひとは

傷を負ったことがない人なんだなあと思う。

 

 

自分を自分で肯定できなくなってしまったら自分を支えることができなくなってしぼんで消えてしまう。 

 

この世の理として、自分の発した言葉、行動等々はすべて自分に返ってくる

 

良い言葉を発するとよい言葉が。悪い言葉を発すると悪い言葉が。

 

言葉を利用するときはお気をつけください。

 

 私の願いはただひとつ、生まれつき持って生まれた容姿についてネタでも悲しい言葉を投げつける人がいなくなりますように。